夏休みは“金”で金運アップ?

金

佐渡金山でどれだけ金が取れた?

昔から財宝や貨幣として変わらず価値を保ち続けているものといえば“金”です。

ちなみに最近の“金”の価格(税込小売価格)は1g=約4,700円。一時は5,000円を超えていましたので少し下がってはいますが、1円玉一つと同じ重さで5,000円近い価値があります。やはりお宝ですね。

実は今回、休暇を利用してそんなお宝がたくさん取れていた場所「佐渡金山」に行ってきました。

佐渡金山の開山は慶長6年(1601年)。江戸時代のスタートとほぼ時を同じくしてその歴史は始まりました。江戸時代には徳川幕府の直轄地とされ、ここで取れた金で小判が製造されました。

実は江戸時代後期には、佐渡金山の金の産出量は減っていたのですが、明治時代になると西洋の技術者を招いて鉱山の機械化・近代化が図られ再び金の産出量が増えました。しかし次第に鉱石が枯渇していき、平成元年に操業が休止され約400年の鉱山の歴史に幕を閉じました。

佐渡金山といえば、昔の時代劇にも時々出てきていましたし江戸時代の金山というイメージが強かったのですが、実は平成になるまでずっと操業されていたんですね。

さて、それではこの佐渡金山でどれくらいの金が取れたのかという話ですが、約400年の間の生産量の合計は78トンになるそうです。大雑把ですが乗用車1台が1トン前後ですので、乗用車78台分にあたります。そう思うと、なんか微妙ですよね。400年でたったそれだけという感じがします。日本で一番有名な金山でさえこれだけなのですから、それだけ金が貴重であるといえるでしょう。

ちなみにこの78トンを現在の金の価値で換算すると、約3,565億円分ということになります。

<佐渡金山の金の生産量>

合 計 78 t 
江戸時代 41 t 
明治時代 8 t 
大正時代 7 t 
昭和時代 22 t 

史跡としての佐渡金山

道遊の割戸2右の写真は「道遊の割戸」とよばれる佐渡金山のシンボルです。
山を二つに割るような切れ込みがありますが、江戸時代にまず初めにこの場所で鉱脈が発見され、鉱脈に沿って掘り進めることでこのように山を上から二つに割ったような形状になったそうです。

佐渡金山は今は観光地化されていて、昔の坑道に入ることができます。一般の観光で入れるのは江戸時代の手掘りの坑道である「宗太夫坑コース」と明治以降の近代化から閉山まで使われていた坑道の「道遊坑コース」です。どちらも坑道内の気温は約10℃と寒いくらいなので、夏休みの観光にはまさにぴったりです。実際に子供連れの観光客の方が多くいました。

坑道の観光の後は、資料館や売店があり金山の歴史を勉強しつつ金にまつわるお土産ものを買うことができます。金関連のお土産で金運アップにつながるかもしれません。

さて、この佐渡金山ですが、「金を中心とする佐渡鉱山の遺産群」として現在世界遺産の候補となる暫定リストに登録されています。近いうちに世界遺産に登録されるかもしれません。そうなると、どっと観光客が押し寄せますので、世界遺産好きの方は登録前の今のうちに行っておくとよいかもしれません。今ならすいているのでゆっくり見ることができますよ。

とはいえ、佐渡は島ですしちょっと行きづらい面はあります。もし関東や東海の方で金山に興味を持った方は西伊豆に土肥(とい)金山という金山もありますので、夏休みの旅行におすすめです。


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